不幸の原因|不幸が続くのを止めたい!

この記事を読んでもらいたい人
  • 幸せになりたい人
  • 不幸から抜け出したい人
  • 自分が嫌いな人

 

※ここでは、多くの人が感じている、毎日の中で感じる不幸の話をします。大切な人を亡くしたであるとか、社会的に貶められたであるとか、非常な不幸の話はしません。僕はそのようなことは、絶望だと思っていて、そのような方は絶望の記事を読んでいただきたいです。こちらそれ以外の方は読んでいただければと思います。

みなさんは自分が不幸だと思いますか。僕は自分が不幸だと思っています。

その不幸を変えるため、哲学者ラッセルの幸福論を手に取りました。

ここでは、ラッセルの幸福論を元に、不幸の原因について考えていこうと思います。

ラッセルの幸福論はだいぶ読みやすい哲学の本ですが、それでも難しいので、もっと簡単にお話しようと思います。

ラッセルの幸福論を読んでみたい人はこちら。

不幸になる原因

 

不幸になる原因はなんと10個もあります。

 

  • 自分自身のことが大好きで、人からも好きになってもらいたい(ナルシスト)
  • 人にすごいと思われたい(誇大妄想狂)
  • 小さいときの教えからこうあるべきと思ってしまい、それができない自分を否定してしまう(罪人)
  • この世界は生きるに値するようなものはないと考える(バイロン風な不幸、ペシミズム)
  • 仕事をしすぎる(競争)
  • 退屈を我慢できず、興奮することを求めてしまう。(退屈と興奮)
  • 精神的に疲労する(疲労)
  • 他人に嫉妬する(嫉妬)
  • 他の人から不当な扱いをされていると思う(被害妄想)
  • みんなと違うことを恐れる(世論に対する恐怖)

 

どれかあてはまる所はありましたでしょうか?

では、次にこれらの原因の詳細と、それぞれの予防法について、見ていきましょう。

自分に当てはまっているところだけ、見るのもいいと思います。

 

不幸になる原因の詳細とそれぞれの予防法

不幸に対する予防法の大前提として、これらの不幸になる原因を作り出しているのは、僕たちの感情や本能です。これらをコントールすることはすごく難しいですよね。

でも、僕たちには理性(ものごとにきちんと対応できる)がある。だから、きちんと原因を考えて、予防法を実践して、まず、不幸から抜け出さないといけません。

感情や本能に負けないように、自分で不幸を選び取ることはやめましょう。

今から、一つ一つの不幸に成る原因の詳細と予防法について紹介しようと思います。

自分自身のことが大好きで、人からも好きになってもらいたい(ナルシスト)

人から好きになってもらいたい。そう思うのは正常なことです。

でも、何よりも自分が好き(ナルシスト)な状態になると、他の人を愛する能力が、無くなってしまいます。考え方もいつも自分中心で、他人の気持ちが考えられなくなっていきます。

そして、誰もが自分を愛するべきだと思ってしまいます。

そうすると自分を愛してもらうことが目的になり、なによりもそれを行う優先度が高くなってしまいます。そうすると自分の可能性が狭くなっていきます。

例えば、自分をよく見せたいから、好きでもない英語をするとなった場合、英語をすることは苦痛になります。自分をよく見せたいから、勉強をする。自分の好きなことをする時間が、自分をよく見せたいからというナルシストのせいで、奪われてしまいます。

この予防法は、自分を好きになってもらいたいということを目的に行動しないということです。また、尊敬する人を見つけるということです。

  • 自分を好きになってもらいたいということを目的に行動しない
  • 尊敬する人を見つける

 

あなたはすごくデキる人なのかも知れません。でも、自分の周りではいないと思っても、SNSで色んな人の考えを聞ける今、自分より秀でた人たちはたくさんいます。

それを知るのは辛いかも知れませんが、あなたが幸せになれる大きな一歩になれると思います。

そして、自分よりも愛せる人を見つけられたら、それだけで素晴らしい人生になると思います。

自分ではなく、人を愛するということが幸福につながるということについては、絵本「100万回生きたねこ」で話ししていますので、良かったらそちらも御覧ください。

関連記事

  100万回生きた猫という絵本があります。佐野洋子さんの作品で、今も世界中で愛され続けてます。 今回はこの100万回生きた猫から、幸福に関して、特に愛に関して、考えたいと思います。 まずは、100万回生きたねこ[…]

 

人にすごいと思われたい(誇大妄想狂)

人にすごいと思われたいという欲望は、自分を成長させる上で悪いわけではありません。

ただ、人の欲望は尽きないということを認識しないといけません。

また、みんなにすごいと思われたいという目的を達することは、究極的には出来ません。なぜなら、人それぞれ、すごいと思うところが違うからです。

人にすごいと思われたいということを追求すると、いつまでも満たされない自分=不幸な状態が続くのです。

また、人にすごいと思われたいという気持ちは人を支配したいという気持ちに変わり、権力や暴力につながることもあります。

それらを用いて、人を自分の支配下に置くことは、一時は、気持ちいいことかもしれませんが、最終的には、自分自身が孤立していきます。表面上は従わすことが出来ても、心までは従わせることは出来ません。

人は全知全能ではありません。「1人でも生きていける」と思っている人がいれば、それは大きな間違いです。主観的に見れば、そう思うかも知れませんが、客観的に見れば、違います。

哲学者のアリストテレスは言いました。

神ならぬ。人間については本質的には社会的存在だ。

人間は、自分1人では生きられない。1人で生きられるのは、神だけだと。

でも、1人では人を喜ばせるという幸せを知ることはできません。

そういう意味で、神は孤独であり、全知全能が本当に幸せであるのか、神様になる=みんなにすごいと思われることを目指すことが、本当にいいのかを考えないといけないと思います。

アリストテレスは、人は社会的存在といったのは、「人は神様のようになってはならない」そういいたかったのかも知れません。

人にすごいと思われたいということは悪いことではありません。ただ、それに囚われ、他の大切なことを忘れてしまうのは、不幸なことです。

 

  • 人にすごいと思われたいということを目的にしない。
  • 人は1人では生きれれないことをきちんと認識する。

 

これが、この不幸を防ぐための第1歩だと思います。

自分を否定してしまう(罪人)

ことあるごとに自分を否定してしまう。自分のコンプレックスを気にして、他のことが手に付かない。

例えば、身長、鼻が低い、一重、顎が出ていると言ったような、肉体に関することや、同性愛、マザコン等、精神に関わることもあります。

また、このコンプレックスは、親の間違った道徳心からくるものもあるとラッセルは言います。

例えば、学歴が大事であるとか、男は男らしく、女は女らしく、将来成功することが大事等があると思います。

幼少時の記録は、自分の奥底に眠っており、無意識化でそれができない自分を否定してしまっています。

このような、自分に対する嫌悪から湧き出てくる苦しみは、自分の人生を豊かにする能力を叩き潰し、それに囚われてしまうようになります。

この自分を否定してしまうということに対する予防方法は、以下の通りにあります。

  • 自分自身の持っている欠点について無関心になる訓練をし、自分の長所を見る
  • 他の人と比べるのではなくて、過去の自分と比較し、成長を自分で確認する
  • 自分が気にしているほど、周りは気にしていないということを認識する

 

この世界は生きるに値するようなものはないと考える(バイロン風な不幸、ペシミズム)

この世界は、生きるに値しない。だから何もする必要がない。そんなふうに考えてしまう。

だって、この世の中で自分がほしいものは、比較的簡単に手に入り、それだけで満足を得てしまう。

自分が何かしなくても、別の誰かがするから、わざわざ自分がしなくてもいいと思う。

だから、特に頑張る必要もなく、この世界は生きるに値しないと感じる。

この世界は生きるに値するようなもんではないと考えてしまうことの予防方法は、以下のとおりです。

 

  • この世界は生きるに値するようなものではないと思っているのは気分であることを自覚する。

 

この世界は生きるに値するようなものではないと考えているのは、あなた自身の気分です。客観的に物事を見たときに、本当に自分自身がワクワクするようなものは、一つもないでしょうか。そんなことはないはずです。

この世の中に生きるに値するようなものはないという考え方は、あまりに単純な考えであり、世界のことを自分自身が見ている世界の一部だけで判断しているのではないでしょうか。

 

仕事をしすぎる(競争)

僕たちは競争社会にいます。お金を儲けが出来る人、出世する人が偉く、頭も賢いと思われる世の中です。

お金という一つの尺度が、大半を占め、お金を稼ぐことが幸せになることと、勘違いが起こってしまいます。

日々生きるための仕事をするのは、大切なことですが、それ以上に身を粉にして働いている人もいます。

そんな社会の中で、必要以上に仕事をしてしまい、余暇を楽しめない人がいます。

仕事の疲れを、休日に癒やすことも出来ず、また、仕事が始まる。

そんな繰り返しの人生。

こんな人生は、不幸と言わざるを得ません。

この不幸の予防方法は、以下のとおりです。

 

  • 仕事だけが人生ではないということを、きちんと考える。
  • お金儲けをしているから賢いとか偉いとかではないことを認識する。

 

退屈を我慢できず、興奮することを求めてしまう(退屈と興奮)

退屈とは、現在の状況と想像するもっと快適な状況を比較することから生じます。

みんな退屈が嫌いで、刺激や興奮を追い求めます。

刺激や興奮が満たされても、それは一時的なもので、すぐそれが退屈なものとなり、別の興奮や、さらなる大きな興奮を求めるようになります。

そうするとちょっとのことでは、興奮することが出来なくなる。常に興奮することでしか満たされない状態になり、不幸になってしまいます。

その不幸にならないための予防法を紹介します。

 

  • 退屈に慣れる。偉大な人生もその殆どが大しておもしろくもないということを知る

 

ラッセルは言います。

いかなる偉大な生涯もすべて大して面白くもない部分を含むものであった。

すべて偉大な書物というものは、退屈な部分を持っている。

偉大な事業の達成も間断なき労働なしには不可能である。

ある種のすばらしいものが、ある程度の単調なしにはあり得ない。

僕も、今になってようやく気づきました。

退屈なこと、単調なことにこそ、価値がある。

だってそれは、多くの人がそれを避けているから、それを出来るだけで、特別な人であるからだと思います。

精神的に疲労する(疲労)

いろんな悩みごとを四六時中考えて、精神的に疲労する。神経をすり減らす。

ベットに入っても悩み事を考えていて、次の日に、力を蓄えないといけないのに、何度も何度も悩み事を繰り返す。

こんな日々を送っていると精神的に参ってしまいます。

この不幸を予防するためには、

  • 夜は目をつむり何も考えないことが一番大切であることを知る。
  • 朝から晩まで悩み続けるのではなく、きちんと時間をきめて、考えて決断する。

 

を意識する必要があります。

優柔不断ほど疲れるものはありません。また、夜に考え事をして寝れないと、負のサイクルに陥ります。

きちんと考える時間をとって、そのときに決断する。それ以外は考えないこと。

それがこの不幸の対処法になります。

決断できないときは、どのように決断すれば良いのかを、哲学者の名言をヒントにしてみましょう。

関連記事

今でしょ! やるかやらないか! 決断を迫れることってよくあります。 というか、毎日決断だらけです。 朝、二度寝するか否か、朝ごはんを食べるかいなか。学校・会社に行くか否か。 すべて決断です! そう人生は決[…]

他人に嫉妬する(嫉妬)

他人に不幸になってもらいたい。そんな感情。妬みともいいますよね。

自分より良く出来る奴が憎い。お金持ちが憎い。素敵な恋人がいることが憎い。

ついつい誰かのことを憎いと思ってしまう。

それは、不幸になる原因です。

他人に嫉妬するのは、他人と比較してものを考えていることが原因と言われています。

この現代社会においては、人間の心は友情よりも憎しみに傾きやすいとも言われています。

この不幸に対する予防法は、

 

  • 何でも楽しいことを楽しんで、もしかしたら他の人がなにか他のものをもっていて、自分の楽しみよりももっと楽しくんでいるだろうとか思わない。
  • 無益なことは考えない。

 

 

他の人のことなんか、自分の人生において、考える必要ありません。そんな時間があったら、自分の時間が楽しくなるのに力を割いたほうがいいです。

他の人から不当な扱いをされていると思う(被害妄想)

自分に対して不当な扱いをされていると思って、憤りを感じる。

自分が嫌がらせをされていると思い込む。

これはそんな不幸になります。

例えば、仕事で、自分の方が頑張っているのに、他の奴が評価されている。

なんか仲間達に仲間はずれにされている

と思ったことがないでしょうか。それは、不幸ですよね。

誰だってこんなふうに感じたことは、長い人生の中であると思います。

この不幸に対する予防法は、もしかしたら自分がそう思っているだけなのかもということを、考えさせられる。そんな予防法になります。

 

  • 必ずしも自分が思っているほど、他の人の利益になる行動をしていない。
  • 自分自身の美点を、過大評価してはいけない。
  • あなたが自分自身に寄せているほどの大きな興味を他の人も寄せてくれるものと期待してはならない。
  • たいていの人は、あなたを迫害してやろうと特におもってはいけない。

 

もしかしたら、自分が思っているほど、他の人の利益になる行動をしていないかもしれない。あるいは、自分自身の美点を過大評価しているのかもしれない。

と自分が正しいかを、俯瞰的に考えてみる。そうすることで、きちんと今の環境の中で、自分がどのような立場であるのかが、わかります。ラッセルはこのことについて、幸いっています。

あなたの長所はあなたが願っていたほど大したものではないことを認めるのは、しばらくは、一段と苦痛であるかも知れない。しかし、それは、終わりのある苦痛であり、それを超えれば、再び幸福な生活が可能になる。

また、自分のために誰かが時間を削って(犠牲を払って)でも、必ず、何かをしてくれることを期待してはいけません。それとは逆にあなたを必要以上に迫害していると思ってはいけません。

なぜなら、人はあなたにそんなに興味がないのですから・・・

 

みんなと違うことを恐れる(世論に対する恐怖)

自分の考えや、生き方が周りと違う。そういう環境にいる人は、不安になり、自由を感じられなくなります。それは不幸なことです。

人はそれぞれ違うものです。なので、ある集団では、自分は屑みたいに自分のことを考えたり、周りが間違ってるとおもって苛立ったり、臆病になってしまうのに、ほかの集団に行けば、普通だということはよくあります。

そんなふうに感じているあなたへの予防策は、

 

  • 気心のあった仲間の得られるチャンスのある道を探す。

 

今の環境が自分にあっていないのであれば、それ以外の環境を探しましょう。

哲学者ラッセルは仕事を例にして言います。

自分の周囲とどうもしっくり行かないと気づいた青年たちは、それが可能な場合には、彼らに気のあった仲間同士を持つ機会を与えてくれるような職業を選んだために、多少ならず、収入が減るようなことがあったとしても。

まとめ

 

不幸とそれに対する予防策はいかがだったでしょうか?

どれもが自分で頑張ってその不幸を乗り切るというもので、なかなか不幸を乗り切るのも大変だなって思います。

哲学者 ラッセルはいいます。

幸運は、きわめてまれな場合を除いて、幸運な事情が働いただけで、熟した果実のようにぽとりと口の中に落ちてくるようなものではない。だからこそ、私は本書を「幸福の獲得」と読んだのだ。

僕たちも幸福を獲得するためにがんばらないといけないな~と思う今日このごろです。

 

ラッセルの幸福論を読んでみたい人はこちら。

漫画ならこちら。