- 完全初心者でも大丈夫なように
- 出来る限りわかりやすく
- なるべく専門用語を使わずに
- 良い習慣を続けたい人
- 哲学史の重要な所がわかるように説明します
哲学とは
人々はものすごく昔から3つの問いを求めています
- 世界はどのように成り立っているのか
- 人間とは何なのか?
- 私達はどのように生きるべきなのか?
哲学史は、この3つの問いの答え、真理を探し続ける物語です。
真理はまだ全ては明らかになっていません
でも、今からお話する内容にそのヒントが必ずあると思います
真理探求の旅に出かけましょう
今から約2600年前、哲学のはじまりまで話はさかのぼります
古代 BC 600年 ~ BC 200年
紀元前5世紀のギリシアで哲学は生まれました
この頃のギリシアでは、少し前にあった大きな戦争で兵士として活躍した平民たちがすごく力を持っていました
だから、平民達は「みんなのことは、みんなで話し合って決めるのが当然だろう」という感じでした
でも、結局みんなで話し合いをするときに決まる内容は、言葉巧みにみんなを騙すことができる口が上手い奴らの意見でした。
だから、みんな口が上手くなりたくて、相手を論破することがめっちゃ得意なソフィストと呼ばれる人たちに論破する術を教えてもらいます。
「口が上手い人がみんなの代表の政治家として選ばれる」というとんでもない世界になっていきます。
その時、登場したのが哲学者のソクラテスです。
哲学の祖 ソクラテス
- 口先だけの政治家達を論破
- 多くの若者達に知らないことを知る喜びを教えた
ソクラテスは、そんな口先だけの政治家たちに毛嫌いされていました。
なぜなら政治家たちに討論をふっかけていたからです。
ソクラテスはバカのふりして演説をしている政治家に近づきます。
こんな感じで、色んな政治家や有権者に対して討論していきました
ソクラテスは討論すればするほど、ぐぬぬとなる政治家たちを増やしました
そして政治家達の恨みをかったソクラテスは、「若者をたぶらかす」という訳のわからない罪によって裁判にかけられます
その裁判でソクラテスは死刑を言い渡され、亡くなってしまいます。
無知であることを知っていること
ソクラテスは相手を論破したかったから、議論をしたのではありません。
ソクラテスは自分自身がなにも知らないことを自覚していました。
無知の知を知ってもらい、一緒に物事の真理を考えていきたかったのです。
ソクラテスは死んでしまいましたが、その後を継ぐものが出てきます
「若者をたぶらかす」ということで裁判をかけられたソクラテスですが、
ソクラテスと話をした若者たちが無知の知を知り、知らないことを学ぶという熱い気持ちをもったのは確かです
ソクラテスに興味が出た人はこちら。漫画ですごくわかりやすいです。
プラトンが原作
アカデメイア創立者 プラトン
- ソクラテスの生涯を本に書き記した
- 大学の基となるアカデメイアを創出した
- 理想の国家を求め続けた
ソクラテスの弟子であるプラトンは、ソクラテスの生き方の本を書くぐらい彼を尊敬していました。
ソクラテスは1つの本も書き残さなかったので、今僕たちがソクラテスのことを知れるのはプラトンが本を書いたからに他なりません。
それとプラトンは、ソクラテスの意思を受け継ぐ熱い者たちが、学べる場としてアカデメイアを創出しました。
プラトンはこのアカデメイアで、各学問の理想を追い求めました。
- 天文学
- 生物学
- 数学
- 政治学
- 哲学 等
アカデメイアの教育に従事しながら、プラトンは理想の国家とはなにかを考え続けます
それはソクラテスを死まで追いやった国家に対して、強い怒りを感じていたからとも言われています
そして、名前そのままの「国家」という本を出しました
その中で彼はソクラテスを死に追いやった「みんなで決めよう」というものではなく、「哲学的思考をちゃんともった人が、国家の王となるべき」と言っています
ただ彼が生涯の中で求めた理想の国家を実現することはできませんでした
このアカデメイアはローマ帝国の非キリスト教的学校の閉鎖施策までの900年もの間、存在し続けました
プラトンの求める理想の国家は実現できませんでしたが、死後もプラトンの意思を継ぐものは失われず、今も哲学者としてその名は残っています
プラトンが望んだ理想国家が知りたい人はこちら
万学の祖 アリストテレス
- 理想ではなく現実をちゃんと見ようといった
- アレクサンドロス3世(ギリシアからインドぐらいまでを武力で征服した人)の家庭教師
- めっちゃ学問を整理した
プラトンが創立したアカデメイアに18歳で入学
そこで万学の祖アリストテレスの才能が開花したと言われています
でも、39歳頃、アリストテレスはアカデメイアを去ってしまいました
アリストテレスがアカデメイアを去ってしまった理由は諸説ありますが、ここではプラトンとの思想の違いを紹介します
プラトンは理想を求め、アリストテレスは現実をちゃんと見るということに力を注いていました
それは「アテナイの学堂」と呼ばれる絵画にも表されています
天を指すプラトンと地に手を広げるアリストテレス
多分、こんな感じ。
アカデメイアを去ったアリストテレスは42歳の時にアレクサンドロス3世の家庭教師になりました。
アレクサンドロス3世は若くしてギリシアから東方遠征をしインドまでを征服しましたすごい人です。
アレクサンドロス3世は「高貴に生きることはアリストテレスから学んだ」というほど、アリストテレスを尊敬していました
アレクサンドロス3世の遠征中、彼の要請でアリストテレスは「王道論」と「植民論」を書き送ったといわれています
またアレクサンドロス3世も各国から動物や植物を送り、アリストテレスはそれらを観察し研究を続けました
アリストテレスとの交流はこうして、アレクサンドロス3世の死まで続いたとのことです
また、アリストテレスはめっちゃ学問を整理しました
- 論理学
- 物理学
- 天文学
- 動物学
- 政治学
- 詩学 等
このようにたくさんの学問を整理しています
例えば政治学では、プラトンが「哲学的思考をちゃんと持った人が国家の王となる」といったのに対し、
アリストテレスは「哲学的思考をちゃんと持った人が国家の王となる」も「みんなで考えて決めよう国家の制度を決めよう」という体制どちらも、メリット・デメリットがあるから、ちゃんと整理しよーぜ
といった感じで整理をしました
様々な学問がきっちり整理しすぎてて、アリストテレスの考えが間違っていても、そこから1000年以上もその考えがずっと信じられていたと言われています
アリストテレスの考えが知りたい人はこの本がおすすめ。国家の体制の話も取り上げられているよ!
古代 まとめ
ソクラテスは、真理を追い求めることが重要だと説き、
プラトンは、理想の中に真理を探し、
アリストテレスは、現実の中に真理を探しました。
この3人の物語は今も語り継がれています。
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