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哲学とは
人々はものすごく昔から3つの問いを求めています
- 世界はどのように成り立っているのか
- 人間とは何なのか?
- 私達はどのように生きるべきなのか?
哲学史は、この3つの問いの答え、真理を探し続ける物語です。
真理はまだ全ては明らかになっていません
でも、今からお話する内容にそのヒントが必ずあると思います
真理探求の旅に出かけましょう。
今回は近代になります。
哲学の始まりから読みたいという方はこちら▼
今からお話する哲学史について 完全初心者でも大丈夫なように 出来る限りわかりやすく なるべく専門用語を使わずに 良い習慣を続けたい人 哲学史の重要な所がわかるように説明します 哲学とは 人々[…]
近代 1700年 ~ 1850年
近世の哲学者達により、神様から人間に主眼が置かれるようになりました。
そして、人間とは一体なんなのか、その一つの答えをカントが出します。
カント
- 人間とは何なのかを定義した。
- 世界はどのように成り立っているのかを定義した。
- 私達はどのように生きるべきなのかを定義した。
人間とは何なのか?
カントは、人間とは何なのかを定義しました。
ヒュームに対して、カントは反論します。
カントは、ヒュームの「人間のすべては経験によって、形つくられている」というものと、
デカルトがいっていた「人間は、生まれながらにして、ものごとを知っている」というものを合体させたのです!
カントは、人間が共通で持っているものをアプリオリと名付けました。
アプリオリの説明ですが、
この人間が今日腕持っているもの一つに空間と時間というものがあります。
この空間と時間の認識については、全人類が生まれたときから共通で、持っているもので、
僕たちがものを理解する時は、この空間と時間で認識しています。
まず、空間の概念ですが、
ペンギンが机の上にいると、ペンギンが机の後ろにいるといったように、人間は3次元の空間でものを把握しています。これは人間全員に言えることです。
また、人間は時間も認識しています。ペンギンが今いるというものは、人間が現在という時間を認識しているからです。
わかりづらいですよね。こうゆうときは、もし、その想定がなかったらと考えてみます。
もし、空間のみを認識していたら、ペンギンがいつ机の上にいたか、人間は把握できません。
時間という認識があるからこそ、今、ペンギンが机の上にいることがわかるのです。
なんか、めっちゃ当たり前のことを小難しく言ってるだけやんという感じですが、
ヒュームの「生まれたときから人は、なにも持っていない」という事に対して、全人類が生まれたときから共通で持っているものがあるじゃないかと、提唱したのです。
そして、その共通で持っているものの中では、みんなが目指すべき真理を立てることが可能であると言ったのです!
ようやく、ソクラテスが目指していた真理を追求するというスタートラインに立てたのです!
全人類が生まれたときから共有でもっているアプリオリについては、空間と時間という感性の形式と悟性のカテゴリーというものがあり、もっと内容が深いので、別の記事でお話しようと思います\(^o^)/
そして、カントはこの世界についても、言及していきます。
世界はどのように成り立っているのか?
カントまでの哲学では、この世の中は神様が作ったものとして、もう手のつけようがない状態なっていました。
カントは、空間と時間と言った人間には共通のものがある。逆にいうと、それでしか、世界を見ることができない。だから、人間が認識できない神様や死の世界のことには、真理たるものはない!と言い張ったのです。
カントは、空間と時間で人間が認識できる世界を現象界と呼び、人間が認識できない神様や死の世界のことは英知界と呼びました。
こうして、僕たちが生きている世界。現象界の中で、真理を考えていくことをカントは行います。
僕たちが生きている世界である現象界の中で、カントは私達はどのように生きるべきなのかを定義していきます。
人はどのように生きるべきなのか
カントはりんごが重力によって落ちるという自然法則と一緒で、道徳にも、道徳法則があると言いました。
そして、その道徳法則は、人間では認識できない世界(英知界)に存在し、私達がいる見えたり聞こえたりする世界(現象界)へと声が届いており、それに耳を傾けることで、聞こえてくるものだそうです。
僕たちは人にやさしくするとき、
もしかしたら後で見返りがもらえるかもしれないから人にやさしくしよう。
そんなふうに思いながら、人にやさしくすることがあります。
これは、道徳法則に従ったものではありません。
お金がもらえるから、人にやさしくせよといったものは、
お金がもらえるからが目的で、人にやさしくすることが目的ではありません。
結局、よこしまな行動になります。
ここのお金がもらえるとか、そういう邪な考え抜きで、人にやさしくする。
人にやさしくすることを目的にすることが道徳的に生きるとカントは言いました。
さらに、カントはこの道徳法則と自分のしたいことが一緒になるときに、人はもっとも自由になれるとも言ったそうです。
カントも元々は、道徳的な人間ではなかったようです。
私自身は生まれつき研究者である。無学の愚民を軽蔑した時代もあった。しかしルソーが私の謬り(誤り)を正しくしてくれた。私は人間を尊敬することを学ぶようになった
ヘーゲル
- 人間が認識できない世界(英知界)に、人も成長してたどり着けるといった。
- その認識できない世界を認識する方法を定義した
カントは、人間が認識できる世界(現象界)と人間が認識できない世界(英知界)に分けました。そして認識できる範囲は時間と空間に絞りました。
それに対して、ヘーゲルは、人間の認識は、時間と空間に固定されるのではなく、成長していき、いつかは、英知界を知ることができると言いました。
そして、その認識する能力を持った精神を、絶対精神と言いました。
そして、その絶対精神を手に入れるための方法を定義したのです。
それが弁証法(べんしょうほう)です!
自分がある主張があれば、必ず、反対意見が出てきます。
その反対意見と自分の主張のお互いの良いところを取り入れて、新たな考えを作り出せば、
絶対精神を手に入れることができると言います。
例えば、
みんなと仲良くしたいと思っているA君とみんなと仲良くしたくないと思っているB君が言います。
A君はみんなと仲良くしたいと思っているので、B君の意見が受け入れません。
B君はA君に対して、みんなと仲良くしたくない理由をこういいます。
みんなと仲良くしてもいいことなんてない。悪いやつばかりだからだ。
それを聞いたA君は、悪いやつもいるということがわかり、みんなと仲良くしたい。でも悪いやつとは仲良くしない方がいい。
そのように、B君の意見を取り入れて、さらに自分の考えを高めることができるのです。
究極の真理へ進むためのヘーゲルの哲学は、人類はなにものにもなれるという希望に満ちた哲学であり、人々を魅了しました。
そこに、ヘーゲルの意見に反発する者たちが現れました。
キェルケゴール、ショーペンハウアー、ニーチェです。
まさに弁証法のとおり、ヘーゲルの意見に対して、反対意見がでたのです。
果たしてさらなる高みにたどり着けるのでしょうか。
近代まとめ
近代では、僕たち人間が真理を追い求める範囲が定義され、
それをどのようにすれば、人は、より高みに登りつめていけるのかについて、
哲学者達は考え抜きました。
そして、現代、哲学者達は、真理を追い求め、続けます。
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